金融、経済、株、為替… 全地球を覆い、眠ることなく 価格や比率を示し続ける無数の「ボード」 それは現在と未来、夢と現実、希望と絶望、 勝者と敗者の列を明確に切り分ける高くて長い境界である
ボードの瞬き
映画:『誰も知らない』
2008年 07月 09日 (水) 21:43 | 編集
誰も知らない誰も知らない
(2005/03/11)
柳楽優弥

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この映画は切ない。
この切なさはどこからくるのだろう?

この映画を見て
例えば無責任な母親をなじる事はできる。
でも、それはテレビのワイドショーがやることであって
この映画の意味からは程遠い。。。
あの無防備で無邪気な母子の姿に
誰が憎しみを抱けるというのだろう。
母子を<捨てた>父親達の姿も
非難するには弱々し過ぎる。
誰もがちょっとした「幸せ」を求めて
ささやかな人生を過しているだけなのだ。

その大人たちのささやかな人生が織り成す
ささやかな網目からもこぼれ落ちてしまう、
もっとか弱く小さな子供たちの世界。
それは切ない。

子供たちはあの階段を上るように成長して
ささやかな人生(外の世界)に合流していくものなのに
そのほんのわずかな望みがかなえられる事はない。

子供たちが外に出ることは許されないし
学校に行けない明は、友達の輪からもはじき飛ばされる。
大人になりたかった京子の手からマニュキアはすべり落ち
カップラーメンの小さな花壇からも成長の種は失われる。
彼らには背伸びをすることさえ許されない。
そして一番小さな命は
背伸びをすることで死の罰を受ける。

大人たちのささやかな幸せが
大きな塊になったものが羽田の飛行機である。
強靭で巨大で天高く飛翔していくそれは
置き去りにされた子供たちを爆音の中にさらに置き去りにする。
もう二度と芽吹く事無いゆきの小さな亡骸は飛行機から認められることはない。
置き去りにされた子供たちには天国へ赴く手立ても無い。

<誰も知らない>小さな子供たちの世界は
ゆきを失い、紗希を迎える。
そしてまた誰かの小さな命が失われ、
また外の世界からこぼれ落ちた誰かが
そこに加わるのだろう。
見捨てられた子供たちの物語が終る事はない。
それが切ないのである。

地球上で最も多くの富を集めた都市の一隅で
「誰も知らない」物語は進み続け
その物語を終らせる術もまた「誰も知らない」のである。
だからこの映画は
終った後もずっと切ないのである。




紗希が差し出す1万円札を
明が払いのけるシーンも切ない。

この少し前に明の声変わりのシーンがある。
明の肉体が子供から大人への移行を示すところ。

紗希のお金は援助交際によるもので
「一緒にカラオケ歌っただけ」のものなのだが
これも大人の世界を示している。
それは子供たちを置いていった母けい子の姿とも重なる。

お金を払いのける明の行為は
彼の潔癖さを示すと共に
大人への、そして母への拒否を示す。
しかし、本当は拒絶されているのは
明たちの方なのだ。
(アルバイトは16歳からなの…)
肉体は自然に大人になっていくのに
社会は彼らを認めない。
それが切ない。

そしてさらに切ないのは
妹たちのために
明がそのなけなしのプライドを捨ててしまうところである。
けい子に電話をし
万引きをして
拒絶したお金を受取る。。。
「ゆきに飛行機を見せてやりたい」ために。
しかもそれらはすべて手遅れ…

しかしそこから
明が子供としてのプライドを捨て大人になっていくのだと
最後に思えるかといえば
物語はその逆を示唆する。
外の世界にいたはずの紗希が
明たちの閉じた世界に合流してしまう。
その先にあるのは
純粋ではあるが犯罪と物乞いで
命を繋いでいくしかないであろう子供たちの未来である。
それが
>氷のように枯れた瞳で
>僕は大きくなっていく
>だれもよせつけられない
>異臭を放った宝石
である。
…だから切ない。




重ねられる手が切ない。

カップ麺の小さな植木鉢に
ゆきが名前を書くシーンがある。
その手には明の手が重ねられ「ゆき」という名前が記される。
これは兄妹の共同作業であり
兄が妹の成長を見守る作業である。
大きな手は小さな手を助ける。
それを助ける事で明の手もまた成長する。

その明の手には野球の監督の手が重ねられ
グラウンドを駆け回る明の姿は次の成長を予感させる。
しかし、それは仮の姿、そこにいない子の代理に過ぎなかった。
それは偽物の手
明ではない誰かの手に重ねられるはずの手だった。
そして場面は一転し
<本当の姿>に戻る。
椅子に乗ってさらに伸びようとしたゆきの成長は
突然停止する。
もう何も掴めなくなった小さく冷たい手。
それは切ない。
<動かなくなった>動かしようのない現実。

重ねる手を失った明の手は
支えをなくして、ただ闇の中で震えるしかない。
その上に重ねられる紗希の手。
それもまた切ない。

紗希を加えてまた4人になり
その手がどんなに強く温かく握り合おうとも
それは彼らの閉鎖した世界を
さらに強く閉じてしまうばかりなのだ。
それが切ない。

電気という
外とのつながりが切れた後で
灯されるロウソクの灯りは温かく、そして儚い。
そこはライフラインを断たれた小さなスラムだ。

「四人で一緒に暮らせなくなるから…」
そのつぶやきの中の小さな世界。
手をつなぎ合って、内向きにわずかな灯火に頼るしかない子供たち。
彼らを外の世界とつなぐ手は切れたまま
最後まで現れることはない。




是枝監督は
その手がけてきた作品において
この子供たちのような
社会の周辺や異端にあるものに寄り添い
それを掬い上げようとしてきたのではないだろうか。

掬い上げられたものは
周辺から中心に置かれ
人々の前に映し出され
そこで新たな想いを得、別の命を得てきたような気がする

子供たちを救う手は
最後まで現れなかったけれど
その物語を掬い上げる手が
最初にあった。




「背、伸びたんだね」
京子のその言葉は切ない。
もうそれ以上ゆきの背が伸びる事は無いのだから。

引っ越して来た時
そのスーツケースには
はち切れんばかりの茂の元気が詰まっていた。
外に出たいと叫んでいた。

スーツケースは
路上で拾われてきた種子のイメージとも重なる。
その部屋に運ばれてきて
芽を出して成長する(はずだった)種子。
でも不意に壊れる種子。
部屋中をカラフルな絵のジャングルするように
精一杯育っていたはずなのに
クレヨンは小さく削れて尽きてしまった…

本当はそこから飛び出して
そのケースに入りきれないくらいの成長をして
そしてそのケースを持って旅立つはずだったのに…
旅立ちは彼らを置き去りにして
彼らの頭上を飛び去る
…羽田は明の父がいなくなった場所であり、明の記憶から消えた場所
…そこは明の憧れの場所でありながら喪失の場所。

もう芽吹く事は無いのに…
かけられる土の音は冷たい。
そして
ゆきの柩になったあのスーツケースが
切ない。




「あたしは幸せになっちゃいけないの!」
幸せの蜃気楼を追い続けるけい子
彼女の「幸せ」はどこまでも逃げ続ける。
今度こそ、今度こそ、今度こそ…
彼女が求めているものは
最初から幸せの影でしかない。
消費し、消費されるだけの
そして消耗していくだけの「恋愛」

つかの間の恋愛の先で、家族は廃墟になる。

「あたしは幸せになっちゃいけないの!」
その言葉は
カード破産に陥りそうなもう一人の「彼女」のものでもあるのだろう。
それらの「幸せ」は消費と同じ意味である。
最初から満たされてはならないものなのである。


消費が途切れたところで
車座に閉じる「家族」が始まる。




母の衣服の詰まったクローゼットに立てこもる京子
その中には懐かしさが詰まっていて
同時に希望がある。
彼女はそこを愛しみ、そこでもがき、そこで抵抗する。

彼女は母の服を抱きしめながら
そこに母がいない事を確かめる。
お年玉の袋の文字を見つめて
そこに母がいない事を確かめるように…
拭われた血のようなマニュキュアの跡をなぞりながら
そこに母がいない事を確かめるように…

そして彼女は思い出の呪縛を越えなければならない。
そこから出て母の血を継がなければならない。
それは彼女一人の戦いである。

彼女はまた何度もその中へ帰るだろう。
クローゼットは
やがて京子を一人の女性として羽ばたかせるための
繭でもあるのだろうから。




この映画は
実際に起きた事件を手がかりに作られているので
一応「実録モノ」と言えるのだろう。

事実を虚構で作り直しているということになるのだが
実はその先にもうひとつの「実録」がある
それは1年間の撮影の中での子供たちの
目を見張る<成長>である。
成長が物語と並行して進むことで
映画に独特のリアリティや立体感を与えている。
それはこの映画の際立った特徴であり
他の映画では感じる事のできない大きな魅力である

ここには
子供たちの実話/映画という虚構/子供たちの実録
という3重の危ういバランスがある。
物語的整合性の破綻とホームビデオのだらしなさを
際どく潜り抜けるアクロバチックともいえる映画作り。
それはドキュメンタリーを撮ってきた監督の
鋭い勘と大胆な賭けの成果でもあるのだろう。

そしてその成功は
物語を拾い上げた監督の
その手からさえあふれ出すほどのものでもあったろう。
誰も知らない。監督さえ知らなかったもの
予測を超えた輝きを放った子供たちの成長の軌跡。
それは破滅に向かうしかない物語の「切なさ」さえ越えて
あるいは物語の進行を裏切りさえして
見る者を感動させてしまう。

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