2008年
04月
27日
(日)
17:28 |
編集
聖火リレーに対する抗議や反対活動のニュースを見ていると
各国のお国柄やメンタリティがわかるようで興味深い。
ヨーロッパでは「人権擁護団体」
アメリカでは「パフォーマー」
日本では「右翼」
これは
過激な行動が何によって正当化されるか
あるいは正当化されると思っているか
の違いでもあるだろう。
ヨーロッパには「人権」と「環境」のためなら何でも正当化される
(と思っているコアな集団がいる)
アメリカには目立つためなら何でもやってやる
(と思っているコアな集団がいる)
日本には日の丸さえ掲げれば何でも許される
(と思っているコアな集団がいる)
ということだ。
そしてチベット問題は彼らに「錦の御旗」を与えたということだろう。
そしてそれが、それぞれの国のそれぞれの<表現の自由>ということなのだろう。
中国の新聞が書くような「『チベット独立』派と結託した日本の右翼分子」なんていない。
大挙して長野にやってきて赤い旗を振りまくられることに対する生理的反発
という方が近いだろうし、そういう感覚的な原理で動く方が日本人らしい。
確かに
「国威発揚」をしたいなら、それは中国の国内でやってくれ
それで日本を踏み荒らすな!
という気持ちはわかる。
日本で聖火リレーを応援するなら中国の旗と日本の旗を同時に振るべきだろう。
それが日本人の考える「礼儀」だろし、「平和と友好」の意思表示だろう。
それにしても
カルフールに対して抗議運動をしている中国の若者達は
自分達が「赤い右翼分子」であることに気づかないのだろうか?
各国のお国柄やメンタリティがわかるようで興味深い。
ヨーロッパでは「人権擁護団体」
アメリカでは「パフォーマー」
日本では「右翼」
これは
過激な行動が何によって正当化されるか
あるいは正当化されると思っているか
の違いでもあるだろう。
ヨーロッパには「人権」と「環境」のためなら何でも正当化される
(と思っているコアな集団がいる)
アメリカには目立つためなら何でもやってやる
(と思っているコアな集団がいる)
日本には日の丸さえ掲げれば何でも許される
(と思っているコアな集団がいる)
ということだ。
そしてチベット問題は彼らに「錦の御旗」を与えたということだろう。
そしてそれが、それぞれの国のそれぞれの<表現の自由>ということなのだろう。
中国の新聞が書くような「『チベット独立』派と結託した日本の右翼分子」なんていない。
大挙して長野にやってきて赤い旗を振りまくられることに対する生理的反発
という方が近いだろうし、そういう感覚的な原理で動く方が日本人らしい。
確かに
「国威発揚」をしたいなら、それは中国の国内でやってくれ
それで日本を踏み荒らすな!
という気持ちはわかる。
日本で聖火リレーを応援するなら中国の旗と日本の旗を同時に振るべきだろう。
それが日本人の考える「礼儀」だろし、「平和と友好」の意思表示だろう。
それにしても
カルフールに対して抗議運動をしている中国の若者達は
自分達が「赤い右翼分子」であることに気づかないのだろうか?
2008年
04月
22日
(火)
14:28 |
編集
流行りに乗って乱発される「脳トレ本」よりも
おそらくはるかに<頭がいい>本
あるいは<頭がいい>とはどういうことかが
解説ではなく実体としてわかる本
平易だけれど十分な深みがあり
よくまとまっているのに普遍的な広がりも感じさせる。
真摯で鋭くて、そして謙虚
もちろんビジネスや投資にもよく通じる話が多い。
天才棋士は新しい流れも良く学ぶ
そして
「その先を目ざすには、自分で手を動かすことが知識に血肉を通わせることになる」
と書かれているように
学んだ事を実践し試行錯誤しながら新たな武器にしていく。
天才の才能は飛躍を怖れず、日々生まれ変わっているのである。
おそらくはるかに<頭がいい>本
あるいは<頭がいい>とはどういうことかが
解説ではなく実体としてわかる本
平易だけれど十分な深みがあり
よくまとまっているのに普遍的な広がりも感じさせる。
真摯で鋭くて、そして謙虚
もちろんビジネスや投資にもよく通じる話が多い。
天才棋士は新しい流れも良く学ぶ
そして
「その先を目ざすには、自分で手を動かすことが知識に血肉を通わせることになる」
と書かれているように
学んだ事を実践し試行錯誤しながら新たな武器にしていく。
天才の才能は飛躍を怖れず、日々生まれ変わっているのである。
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2008年
04月
15日
(火)
19:16 |
編集
先日読んだ『2015年の日本―新たな「開国」の時代へ』 の前の版
2年前の出版だが、現在読んでもなかなか参考になる本だ。
日本の大きな問題である政府の効率化。
そこで進められなければならない「社会資本の創造的破壊」
大変重要で気になるところである。
これこそが本来の政治的課題なのだが、
政治の現場ではそれが進まないし語られない。
極めて残念で、悔しく恐しいことだ。
それから今すぐにやらなければならない農業の改革。
日本の真ん中に腐って倒れて横たわる政治課題。
それと結びつかなければならない人間の働く意欲。
日本にある人の力をしっかり活かせる日本の政治であってほしい。
2年前の出版だが、現在読んでもなかなか参考になる本だ。
日本の大きな問題である政府の効率化。
そこで進められなければならない「社会資本の創造的破壊」
大変重要で気になるところである。
これこそが本来の政治的課題なのだが、
政治の現場ではそれが進まないし語られない。
極めて残念で、悔しく恐しいことだ。
それから今すぐにやらなければならない農業の改革。
日本の真ん中に腐って倒れて横たわる政治課題。
それと結びつかなければならない人間の働く意欲。
日本にある人の力をしっかり活かせる日本の政治であってほしい。
2008年
04月
15日
(火)
15:20 |
編集
日経産業新聞 2008/4/15
新日石と東大先端研が次世代太陽電池の共同開発を発表
開発するのは有機薄膜太陽電池。
発電効率40% 発電コスト7円/キロワットで
従来のシリコン系の2倍の効率、コストは火力発電並
量産にも優れる。
開発のめどは2015年
また、技術が実用化に向けて一歩進む。素晴らしい。
より高度で技術がより自然に使えるようになっていく。
そしてより高度でより深い技術は、より<自然>の姿に近付いていくようだ。
同じ新聞に、松下電器産業の家庭用燃料電池のニュースが掲載されていた。
来年から量産し普及のめどは2015年。
これも素晴らしい。
同時に世界初のプルサーマル専用商用炉が新設も進められている。
これでウランも効率的に使える。
運転開始は2012年の予定。
素晴らしい。素晴らしい。
日本に資源が無いことは、日本にとっても世界にとっても素晴らしい。
その上、NTT物性科学基礎研究所が消費電力が
従来の数百〜数千分の一で済む半導体素子を開発したと発表。
太陽電池、燃料電池、プルサーマルで発電し
使う量は数千分の一!
新日石と東大先端研が次世代太陽電池の共同開発を発表
開発するのは有機薄膜太陽電池。
発電効率40% 発電コスト7円/キロワットで
従来のシリコン系の2倍の効率、コストは火力発電並
量産にも優れる。
開発のめどは2015年
また、技術が実用化に向けて一歩進む。素晴らしい。
より高度で技術がより自然に使えるようになっていく。
そしてより高度でより深い技術は、より<自然>の姿に近付いていくようだ。
同じ新聞に、松下電器産業の家庭用燃料電池のニュースが掲載されていた。
来年から量産し普及のめどは2015年。
これも素晴らしい。
同時に世界初のプルサーマル専用商用炉が新設も進められている。
これでウランも効率的に使える。
運転開始は2012年の予定。
素晴らしい。素晴らしい。
日本に資源が無いことは、日本にとっても世界にとっても素晴らしい。
その上、NTT物性科学基礎研究所が消費電力が
従来の数百〜数千分の一で済む半導体素子を開発したと発表。
太陽電池、燃料電池、プルサーマルで発電し
使う量は数千分の一!
2008年
04月
13日
(日)
20:51 |
編集
資源や穀物の価格が上昇すると
貧しい国の人々や低所得者層がもっともダメージを受ける。
それは単なるダメージというだけでなく
生命が危機に晒されたり、次々と死んでいくしかなくなる。
そんな状態になれば、
誰でも最後は、残ったわずかな力を振り絞って
絶望的な暴動を起こすに決まっている。
現にそういう状況が今起きている。
この動きがさらに広がることは確実だ。
そうなることはわかりきっていたはずなのに
世界には打つ手が無かったし、今も無い。
わかりきっているのに考えようとしなかったというべきだろうか。
ついこの間まで
世界の貧困は減少していると
言っていたはずなのに。
世界中が揃って豊かになってきていたはずなのに。
どこで狂った?
何を間違えた?
どうすればいい?
どうなればいい?
暗黒の迷路に迷い込んでいくかのようだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かつては
過剰に存在し、安く放置されていた
食料と資源があった。
それを新興国に投げ込んで
「発展」という火を焚いた
それらの国々はそのエネルギーを使い大きく動いた。
その発展は世界中のあらゆるところに恩恵を与えた。
豊かな国は働かずに食べられるようになった
貧しい国も安いものがたくさん手に入るようになった
でもそんな幸せは長くは続かなかった。
大きく動いた分、
食料と資源はどんどん減っていった。
もう安い資源や食料は底をついた。
でも動き出したものは止められない
止めると倒れてしまうから。
そして資源と食料の争奪戦が起きた。
仲良く発展してきたはずの国々が
お互いを札束で殴りあうようになった。
札束はどんどん分厚くなっていったが
その価値はどんどん下っていった。
札束は殴り合うためものじゃないんだから…
殴り合い奪い合うだけでは根本的な解決にはならない
でも殴り合いも止めるわけにはいかない。
止めれば殴り殺される。これは戦争なんだから…
どうすればいい?
どうなればいい?
こうなることは
最初からわかっていたはずなのに
貧しい国の人々や低所得者層がもっともダメージを受ける。
それは単なるダメージというだけでなく
生命が危機に晒されたり、次々と死んでいくしかなくなる。
そんな状態になれば、
誰でも最後は、残ったわずかな力を振り絞って
絶望的な暴動を起こすに決まっている。
現にそういう状況が今起きている。
この動きがさらに広がることは確実だ。
そうなることはわかりきっていたはずなのに
世界には打つ手が無かったし、今も無い。
わかりきっているのに考えようとしなかったというべきだろうか。
ついこの間まで
世界の貧困は減少していると
言っていたはずなのに。
世界中が揃って豊かになってきていたはずなのに。
どこで狂った?
何を間違えた?
どうすればいい?
どうなればいい?
暗黒の迷路に迷い込んでいくかのようだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かつては
過剰に存在し、安く放置されていた
食料と資源があった。
それを新興国に投げ込んで
「発展」という火を焚いた
それらの国々はそのエネルギーを使い大きく動いた。
その発展は世界中のあらゆるところに恩恵を与えた。
豊かな国は働かずに食べられるようになった
貧しい国も安いものがたくさん手に入るようになった
でもそんな幸せは長くは続かなかった。
大きく動いた分、
食料と資源はどんどん減っていった。
もう安い資源や食料は底をついた。
でも動き出したものは止められない
止めると倒れてしまうから。
そして資源と食料の争奪戦が起きた。
仲良く発展してきたはずの国々が
お互いを札束で殴りあうようになった。
札束はどんどん分厚くなっていったが
その価値はどんどん下っていった。
札束は殴り合うためものじゃないんだから…
殴り合い奪い合うだけでは根本的な解決にはならない
でも殴り合いも止めるわけにはいかない。
止めれば殴り殺される。これは戦争なんだから…
どうすればいい?
どうなればいい?
こうなることは
最初からわかっていたはずなのに
2008年
04月
12日
(土)
19:14 |
編集
大作ではないけれど傑作。
でも、どこがいいかと言われると困る。
全部いい(笑
映像がいいし、演技がいいし、ストーリーがおもしろくて、音楽もいい。。。
凝ったつくりではないけれど隅々まで絶妙。
家族四人のキャラクターだけではなく
借金取りや芸能マネージャーや審査員といった脇役陣まで
すべてユニークでバランスはパーフェクト。
それぞれの個性が相殺することなく際立っている。
だからどのシーンも「もう一度見たい」と思わせるし、
どのシーンも「絵になる」
15秒が勝負のCM作りで鍛えられた監督の力量と
戯曲の切り詰められた構成が出会い
新鮮な世界が作り上げられているのだろう。
二つの要素が出会い
新鮮な作品が生まれるという意味では
ドキュメンタリーと空想が出会った
是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」と並べてもいいかもしれない。
都市と地方の格差と
そこを行き来する人々
という視点で見てもおもしろい。
そして「お金」と「情報」は重要なポイント。
貯金、仕送り、借金、賞金…
それらが動機となって人を行き来させているし
マンガと手紙という「メディア」も物語を引っ張っていく。
「お金」を横糸、「情報」を縦糸に編まれた物語と見ることも可能だろう。
澄伽は確かに「勘違い女」かもしれないが
その勘違いの原因を都市と地方の格差に探ることもできるだろう。
田舎には夢や希望を叶える手段が無い。仕事も収入も無い。閉じた世界である。
そしてそこに都会からの一条の光が射せば、それに夢中になるのも当然だ。
その光は田舎で得られる限られた情報であり
そこには陰の情報は無かった。。。。
情報がそれしかなければ勘違いしても仕方がないだろう。
(そこはケータイは繋がらず、ネット環境は村に一つという情報の孤島である)
(…アメリカならチェーンソーを持った殺人鬼が跋扈するような場所?)
澄伽の勘違いは情報格差や収入格差が原因なのかもしれないのである。
(同じ環境で、なぜ萩原の金回りが良いのかは不明…)
でも、どこがいいかと言われると困る。
全部いい(笑
映像がいいし、演技がいいし、ストーリーがおもしろくて、音楽もいい。。。
凝ったつくりではないけれど隅々まで絶妙。
家族四人のキャラクターだけではなく
借金取りや芸能マネージャーや審査員といった脇役陣まで
すべてユニークでバランスはパーフェクト。
それぞれの個性が相殺することなく際立っている。
だからどのシーンも「もう一度見たい」と思わせるし、
どのシーンも「絵になる」
15秒が勝負のCM作りで鍛えられた監督の力量と
戯曲の切り詰められた構成が出会い
新鮮な世界が作り上げられているのだろう。
二つの要素が出会い
新鮮な作品が生まれるという意味では
ドキュメンタリーと空想が出会った
是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」と並べてもいいかもしれない。
都市と地方の格差と
そこを行き来する人々
という視点で見てもおもしろい。
そして「お金」と「情報」は重要なポイント。
貯金、仕送り、借金、賞金…
それらが動機となって人を行き来させているし
マンガと手紙という「メディア」も物語を引っ張っていく。
「お金」を横糸、「情報」を縦糸に編まれた物語と見ることも可能だろう。
澄伽は確かに「勘違い女」かもしれないが
その勘違いの原因を都市と地方の格差に探ることもできるだろう。
田舎には夢や希望を叶える手段が無い。仕事も収入も無い。閉じた世界である。
そしてそこに都会からの一条の光が射せば、それに夢中になるのも当然だ。
その光は田舎で得られる限られた情報であり
そこには陰の情報は無かった。。。。
情報がそれしかなければ勘違いしても仕方がないだろう。
(そこはケータイは繋がらず、ネット環境は村に一つという情報の孤島である)
(…アメリカならチェーンソーを持った殺人鬼が跋扈するような場所?)
澄伽の勘違いは情報格差や収入格差が原因なのかもしれないのである。
(同じ環境で、なぜ萩原の金回りが良いのかは不明…)
2008年
04月
11日
(金)
15:30 |
編集
チベットと聖火リレーが問題になっている。
デモがあり聖火が消され走者やルートや到着地点まで隠される始末。
もちろんこんな状態に聖火リレーの意味は無い。
世界の一体化を演出する目的のものが
世界の分裂を象徴するようになってしまっている。
それどころかランナーが逆走して
倉庫の中に消えてしまうなんてギャグである。
一度目は悲劇、二度目は喜劇
パリでは悲劇、サンフランシスコでは喜劇
である。
喜劇で終われば
それなりのハッピーエンドに向かう可能性もあるが
それが次の
更なる悲劇にリレーされてしまえば
エンドは破綻しかねない。
チベット問題に対する抗議という形で済んでいる間はまだいい。
それがチベット問題を離れ
世界中で存在感を増し続ける中国そのものへの
反対運動に繋がれば
次は手のつけようのない惨劇になる。
世界が現在陥っている不安の原因が
中国にあるという認識になってしまえば
世界中で中国人や関連施設が襲撃されるようになるかもしれない。
中国が世界中の資源や食料を買い占めて
他の国々困らせている。
とりわけ貧しい国々では地域の産業を奪い
商業を独占し暴利を貪っている!
と煽られればすぐに暴動に火がつくだろう。
既に食料に値上りに対する暴動は各地で起きている。
チベットは国内問題かもしれないが
中国問題は世界の問題
中国自身が国境を越えて膨張し続けているのだから。
その危機におそらく中国政府は気付いていない。
中国の聖火が世界を照らすと彼らは信じている。
しかし実際にはその炎に焼かれて苦しんでいる人も多いのである。
それを考える想像力が今の中国政府には必要なのではないだろうか?
聖火を巡る混乱がその事を考える機会になってくれれば
悲劇も喜劇も惨劇も乗り越えた
次のスタートが切れるかもしれない。
デモがあり聖火が消され走者やルートや到着地点まで隠される始末。
もちろんこんな状態に聖火リレーの意味は無い。
世界の一体化を演出する目的のものが
世界の分裂を象徴するようになってしまっている。
それどころかランナーが逆走して
倉庫の中に消えてしまうなんてギャグである。
一度目は悲劇、二度目は喜劇
パリでは悲劇、サンフランシスコでは喜劇
である。
喜劇で終われば
それなりのハッピーエンドに向かう可能性もあるが
それが次の
更なる悲劇にリレーされてしまえば
エンドは破綻しかねない。
チベット問題に対する抗議という形で済んでいる間はまだいい。
それがチベット問題を離れ
世界中で存在感を増し続ける中国そのものへの
反対運動に繋がれば
次は手のつけようのない惨劇になる。
世界が現在陥っている不安の原因が
中国にあるという認識になってしまえば
世界中で中国人や関連施設が襲撃されるようになるかもしれない。
中国が世界中の資源や食料を買い占めて
他の国々困らせている。
とりわけ貧しい国々では地域の産業を奪い
商業を独占し暴利を貪っている!
と煽られればすぐに暴動に火がつくだろう。
既に食料に値上りに対する暴動は各地で起きている。
チベットは国内問題かもしれないが
中国問題は世界の問題
中国自身が国境を越えて膨張し続けているのだから。
その危機におそらく中国政府は気付いていない。
中国の聖火が世界を照らすと彼らは信じている。
しかし実際にはその炎に焼かれて苦しんでいる人も多いのである。
それを考える想像力が今の中国政府には必要なのではないだろうか?
聖火を巡る混乱がその事を考える機会になってくれれば
悲劇も喜劇も惨劇も乗り越えた
次のスタートが切れるかもしれない。
2008年
04月
11日
(金)
11:59 |
編集
野村総合研究所の『2015年の日本』でも少し触れられていた本。
帯にはWeb2.0時代のカリスマ梅田望夫の池田信夫の推薦付。
ブログをアレンジして本にすると
感覚的にはわかりやすいのだが
体系的にはなりにくい。
読みやすいけれど
実は焦点がボケてしまいやすい。
この本の場合も
言いたいことはわかるのだけれど
それが「ゆるやかな開国」というゆるやかなものなので
どうしてもぼんやりしたものに思えてしまう。
このぼんやりさ加減が現代風なのかもしれないけれど…
>
帯にはWeb2.0時代のカリスマ梅田望夫の池田信夫の推薦付。
ブログをアレンジして本にすると
感覚的にはわかりやすいのだが
体系的にはなりにくい。
読みやすいけれど
実は焦点がボケてしまいやすい。
この本の場合も
言いたいことはわかるのだけれど
それが「ゆるやかな開国」というゆるやかなものなので
どうしてもぼんやりしたものに思えてしまう。
このぼんやりさ加減が現代風なのかもしれないけれど…
>
2008年
04月
06日
(日)
16:38 |
編集
もはや人口の減少も高齢化も避けられず
今までの成長の図式が全く成り立たなくなっている日本。
しかし日本には資産も技術もたくさんあるのだから
その使い方さえ誤らなければ
次のステージでも繁栄していくことはできる。
中央集権から地方分権へ
そして地方と海外を直接つなぐことによる自立的活性化へ。
この本ではイギリスの例をあげながら
そう提言している。
本の中ではそれを「開国」と言っているが
<越境>と言った方がいいかもしれない。
海外と直接結びつくには
国が持っている権限を地方が越える事が必要だからである。
イギリスを一つのモデルにすることはいいと思うが
欧米と日本では社会の成り立ちも違うので
そのまま真似をしても成功はしないだろう。
中心となって地方の活性化を担うのが大学になるのか
企業になるのか自治体になるのか
それはやってみなければわからないところだろう。
イギリスは成長したけれども
格差やテロ、犯罪など陰の面も多い。
イギリスでもアメリカでは大学教育の質が極めて高いのに
全体としての教育現場が荒廃しているという問題もある。
しかし大学を規制から解き放つ事は極めて重要であろうし
公共サービスのアウトソーシングも絶対に進めなければならないことだろう。
今までの成長の図式が全く成り立たなくなっている日本。
しかし日本には資産も技術もたくさんあるのだから
その使い方さえ誤らなければ
次のステージでも繁栄していくことはできる。
中央集権から地方分権へ
そして地方と海外を直接つなぐことによる自立的活性化へ。
この本ではイギリスの例をあげながら
そう提言している。
本の中ではそれを「開国」と言っているが
<越境>と言った方がいいかもしれない。
海外と直接結びつくには
国が持っている権限を地方が越える事が必要だからである。
イギリスを一つのモデルにすることはいいと思うが
欧米と日本では社会の成り立ちも違うので
そのまま真似をしても成功はしないだろう。
中心となって地方の活性化を担うのが大学になるのか
企業になるのか自治体になるのか
それはやってみなければわからないところだろう。
イギリスは成長したけれども
格差やテロ、犯罪など陰の面も多い。
イギリスでもアメリカでは大学教育の質が極めて高いのに
全体としての教育現場が荒廃しているという問題もある。
しかし大学を規制から解き放つ事は極めて重要であろうし
公共サービスのアウトソーシングも絶対に進めなければならないことだろう。
2008年
04月
03日
(木)
18:01 |
編集
島田先生、お久しぶり〜(^o^)/
十数年前、当時、オウム事件との関わりで、
文字通り「立場を失う」ことになってしまわれ
愛読者であった私はとても残念に思ったものです。
でも見事に名誉回復されてご活躍のようでうれしい。
興味本位のルポルタージュではなく
学問として新宗教をフィールドワークするという姿勢が
いいんですよねぇ。なかなか。
新宗教の姿を先入観無しに近くに感じられる。
この本に関しては
それほど新しいことは書かれていないけれど
(そうかぁ、今は90年台とは違って「新宗教ブーム」じゃないんだなぁ)
わかりやすくよくまとめられているし
一種の社会常識として広く読まれていい内容である。
社会が不安定になったときには
新宗教に人々が集まるということは
理解していたけれど
高度成長期にそれが広まったのはのは何故か
というのは
今回この本で納得できた。
極端に言えば
高度成長期には祈っても祈らなくても全てがうまく行った
新宗教はその成功を祈ったお陰であると言い張る事ができた
ということである。
特に急速に進んだ<都市化>の中で
新宗教のもつネットワークは自己増殖し最大限に力を発揮したのだろう。
都市の孤独→宗教の連帯
そして一見矛盾するようにも思える<近代化>と<宗教化>が同時に進んだ。。。
(今のイスラーム勢力の躍進にもこういう動きがあてはまるのかもしれない)
十数年前、当時、オウム事件との関わりで、
文字通り「立場を失う」ことになってしまわれ
愛読者であった私はとても残念に思ったものです。
でも見事に名誉回復されてご活躍のようでうれしい。
興味本位のルポルタージュではなく
学問として新宗教をフィールドワークするという姿勢が
いいんですよねぇ。なかなか。
新宗教の姿を先入観無しに近くに感じられる。
この本に関しては
それほど新しいことは書かれていないけれど
(そうかぁ、今は90年台とは違って「新宗教ブーム」じゃないんだなぁ)
わかりやすくよくまとめられているし
一種の社会常識として広く読まれていい内容である。
社会が不安定になったときには
新宗教に人々が集まるということは
理解していたけれど
高度成長期にそれが広まったのはのは何故か
というのは
今回この本で納得できた。
極端に言えば
高度成長期には祈っても祈らなくても全てがうまく行った
新宗教はその成功を祈ったお陰であると言い張る事ができた
ということである。
特に急速に進んだ<都市化>の中で
新宗教のもつネットワークは自己増殖し最大限に力を発揮したのだろう。
都市の孤独→宗教の連帯
そして一見矛盾するようにも思える<近代化>と<宗教化>が同時に進んだ。。。
(今のイスラーム勢力の躍進にもこういう動きがあてはまるのかもしれない)
2008年
04月
02日
(水)
22:57 |
編集
3月末でガソリン税の暫定税率が失効した。。。
昨日(4/1)は朝からガソリンスタンドに行列が出来、一日中混乱が続いた。
(燃料の供給が滞った昔の共産圏の国でもあるまいに!)
バカバカしい話である。
莫大な税金を使って行われる莫大な<税金のバーゲンセール>…
混乱が混乱を呼ぶだけの愚かしさ。。
無駄である
「ガソリン値下げ隊」なんて幼稚すぎる。
今時、労働組合だってやらないような時代錯誤のシュプレヒコール
本気なのか?恥ずかしくないのか?それが税金を使ってやるべき事なの?
政府を批判して、やってることは政府以下。どん底。
そしてそれを政治の戦果だと言いはる愚の骨頂
時間を無駄にし、必要な議論を空白にしてしまう
これは「戦果」ではなく禍々しい<戦禍>である。
何故、日本の社会のエネルギー効率を上げる事が議題にならないのか?
重要な議論を棚上げにして、それでバンザイしているだけ!
議論を進めることが議員の仕事であるという
そんな当り前のことすら
考えられないほど日本の国会はバカなのか?
バカなんだろう…
残念だが…
バカなんだ!!!!
そして何より残念なのは
議論のできない議員(全く存在意義の無い存在!)を選んでいるのが
日本の国民自身であり
議論不在の結果でしかない
だらしのないバーゲンセールを何の批判精神もなく喜ぶその姿である。
昨日(4/1)は朝からガソリンスタンドに行列が出来、一日中混乱が続いた。
(燃料の供給が滞った昔の共産圏の国でもあるまいに!)
バカバカしい話である。
莫大な税金を使って行われる莫大な<税金のバーゲンセール>…
混乱が混乱を呼ぶだけの愚かしさ。。
無駄である
「ガソリン値下げ隊」なんて幼稚すぎる。
今時、労働組合だってやらないような時代錯誤のシュプレヒコール
本気なのか?恥ずかしくないのか?それが税金を使ってやるべき事なの?
政府を批判して、やってることは政府以下。どん底。
そしてそれを政治の戦果だと言いはる愚の骨頂
時間を無駄にし、必要な議論を空白にしてしまう
これは「戦果」ではなく禍々しい<戦禍>である。
何故、日本の社会のエネルギー効率を上げる事が議題にならないのか?
重要な議論を棚上げにして、それでバンザイしているだけ!
議論を進めることが議員の仕事であるという
そんな当り前のことすら
考えられないほど日本の国会はバカなのか?
バカなんだろう…
残念だが…
バカなんだ!!!!
そして何より残念なのは
議論のできない議員(全く存在意義の無い存在!)を選んでいるのが
日本の国民自身であり
議論不在の結果でしかない
だらしのないバーゲンセールを何の批判精神もなく喜ぶその姿である。
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