金融、経済、株、為替… 全地球を覆い、眠ることなく 価格や比率を示し続ける無数の「ボード」 それは現在と未来、夢と現実、希望と絶望、 勝者と敗者の列を明確に切り分ける高くて長い境界である
ボードの瞬き
本:『国家の退場―グローバル経済の新しい主役たち』
2008年 07月 07日 (月) 17:22 | 編集
国家の退場―グローバル経済の新しい主役たち国家の退場―グローバル経済の新しい主役たち
(1998/11)
スーザン・ストレンジ桜井 公人

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出版社が岩波だからだろうか、翻訳が少し硬く感じる。
内容からすると東洋経済か、日本経済新聞社向きか…

世界は政治だけでも経済だけでも語れない。
それらの複合的ダイナミズムであるという視点から
国家の枠を超えて巨大化する組織(企業、NGO、非合法組織など)について
述べられている。
その中でも金融の問題は現時点で最大の問題となっているが
その金融は合法、非合法の組織活動が積み上げてきたものの動きでもある

国家の活動からはみ出した組織の動きが
国家と国境を超えて大きくなり
それによって国家や国際関係が押し潰されそうになっているのが
現在の世界の状況だ。

この本が出版されてから10年が経つが
状況はより危機的になっている。
イタリアのマフィアはゴミ問題を通じて
ついに世界中にダイオキシンを輸出するにまで至り
権威の象徴であったアメリカの格付け機関は暴走して
信用を失墜してしまった。

気になるのはアメリカで言われる株主や資本家の<圧力>である
その圧力があるために企業や権威ある組織が道を踏み外すのだという
それほどの圧力とはどんなものなのだろう
そこには非合法組織の力も加わっているのではないだろうか…
その力が大きくなり過ぎた故の、今回の米経済の破綻なのではないのだろうか
日本でもバブルの頃はアンダーグラウンドな組織は大活躍だったし…
お金に色は無いのであるからどんな勢力が
それをパワーに変えているかを判断する事は困難だ。





気になったところ…

参考書:
『国家と市場』(邦訳『国際政治経済学入門』1988 ストレンジ)

公共財としての国家の必要性は、端的に言って、発達した市場経済の出現とともに生まれた。近代ナショナリズムは、しばしば実在のものと想定されるが、多くの部分は近代資本主義の産物である。

「多国籍企業」…1960年代 IBM広報部によってつくられた言葉
アメリカ企業であることを隠すため

第一に社会活動としての政治の諸限界
第二に社会におけるパワーの性質と源泉
第三に市場経済における権威の必要性と不可分性
第四に国際社会のアナーキー的性格と、国際社会における唯一のアクターとしての合理的なふるまい

第二次大戦後:領土の喪失は国家の貧困化、もしくは弱体化を意味しなかった
(日本とドイツ)

革新から生まれる独占的レントがその競争相手によって縮小すると、その企業はその製品をまだ競争が少ないか競争のない市場へと輸出しはじめる

1930年代:
世界恐慌:イギリスはヘゲモン(覇権国)として行動することができず、
アメリカはヘゲモンとして行動する意思がなかったため、
世界経済全体が危機に陥った
(キンドルバーガー)

国家間におけるパワーの非対称性の拡大と、さらにパワーの不在ないしは衰退が世界市場の死活的な諸側面にまで及んでいる

南アフリカ:
雪だるまを最初につき動かしたのは、米銀の国内株主が脅威を感じてとった行動

金融的独立性という見せかけが、中小規模国家の国民政府にとってはもはや
まともに維持されないときにさえ、それら政府はなお自立性の幻想にしがみついて
自らの銀行券を印刷し、コインを発行するだろう

国家から市場へのシフトが超国家企業を実際に政治上のプレーヤーに変えた

世界経済で20世紀後半に生産され追加された富の1/3しか物質的な財の追加に向けられていない。1/3は余暇に、1/3は教育と医療に(ドラッカー)

ヨーロッパ:
1980、90年代 「ナショナル・チャンピオン企業」への支援を止めた

重要な一国のインフレーションは容易に他国に拡散しうる
1970年代のアメリカのインフレは日本やドイツ以外にすべて拡散

アメリカ:
1981-82年のヴォルカー=レーガンによるインフレ阻止
→世界デフレと不況を世界に押しつけた

世界市場を存立させる基礎になるグローバルな安全保障構造
小型武器から核物質まで有効な管理下におかれたことがない

グローバル化の下での相互依存という決まり文句を超え
「リスクの創出が信頼の開発を上回った」

国家に対するライバルないし反権力:
イタリア:マフィア(コーザ・ノストラ)
中国:三合会(黒社会)
コロンビア:麻薬カルテル
日本:ヤクザ
旧ソ連:数千のミニ・マフィア

国家に承認された権威:
保険、会計

1960年代までシチリア・マフィアは選挙で長を選んでいた

山口組シンジケート:1980年代シェア11%→92年シェア40%

「パクス・マフィオサ(マフィアによる平和)」(クレア・スターリング)

国家からなる「国際社会」と同様に、何がしかの無政府的な「国際社会」は存在する

過去20年間にヘロイン市場は20倍、コカイン市場は150倍

1991-94年 中国からアメリカへの不法入国は25000人
人身売買的行為による三合会の利益は25億ドル

1980年代 市場はマフィアに国民市場経済と社会の境界線を乗り越える機会を与えた

保険ビジネス:
市場経済が発達し、より複雑で大規模になればなるほど、リスクもそれだけ増大し、直接にまた間接に、リスクの影響を被る人々の数も増える。人々の多くは、リスクが増大していることを意識することさえしない

事業が成功するか失敗するかは予測不能である。
しかし、ナイトの観察によれば、資本主義システムのほとんどの企業化は
希望と楽観主義でその精神が満たされている。
企業家は、他者が失敗しようとも、自分自身は成功すと信じている
資本主義システムを維持しているのは、この楽観主義である

6大監査法人(ビッグ・シックス)
イギリスの上位100社中96社
アメリカの上位500社仲494社の監査

アングロ・サクソンの伝統:
政府は間接統治を選好する

会計原則が、明晰さと整合性よりは、
儀式性と魔術に関連しているものであると、
人々が気づいたならば、
会計という職業や、彼らが作成する財務諸表に対する信頼は全面的に失われる
(Perks 1993)

70年代のインフレを背景に「創造的会計」が生まれた
→経営目的にかなう財務諸表を作成する

過去にその存在が知られている電機、化学、合成繊維、アルミニウムといった、主要製造業における私的保護主義カルテルが「地価に潜り」見えにくくなった

カルテル:
実質的に「公共に対する陰謀」である。政治学的に言えば、規制者が目をふさぎ、不活発そして無能であるために、そういったカルテルは「体制内の体制」を形成している

権威の独立した行使、従属した行使いずれにおいても国際機構が本質的に自己システム保存的だということになるに違いない。加盟国どうしが相互承認しあう仲良しクラブとして、その政治的活動は政府の権威を強化するのに役立っている。また世界経済においては、国際金融、国際貿易や国際投資のいずれについても、市場レジームの正当性を拡大し強化することに役立っている

ブンデスバンクの先導に他国が常に従う、事実上のドイツ・マルク圏の出現
(Tsoukalis 1993)

「小規模の共同体予算と、独自に決定される大規模な各国予算という組合せから導かれる結論は、財政強調がなければ、加盟国の決定がもたらす偶然の結果こそがEMUのグローバル財政政策だということになるだろう。共同体レベルでのマクロ経済的な  財政政策は単に存在しないだろうということである」
(ツォカリス 1991)

片目をふさいだ社会科学:
市場経済と政治の両方を見る

だれまたは何に変化の責任があるのか
技術:市場:政治

変化は国家間のパワー・バランスのシフトの結果として生じたのではない。
市場、技術と政治という三者モデルだけが、国際機構や国民経済向けの国内政策と市場における企業間競争と両者に見られる変化を説明できるのである

冷戦期の大国間バランスの終焉に、大国と小国間のパワーの非対称性の増大が付け加わると、その意味するのは、地域間戦争、内戦や権威の崩壊のいずれかによって生命と財産に対する危険性が実質的に高まるという、アラン・ミンクが「グレイ・ゾーン」と呼んだものの成長である

世界市場経済が国家の権威を追い越した

政治的圧力と経済的変化の下にある市場経済において、貨幣と信用の管理は、貿易システムよりはるかに脆弱な急所なのである

歴史的経験は、信用創出とマネー・サプライの拡大に対して思慮深い管理権を行使する必要を示しているが、それを行使する世界中央銀行は存在していない

もし金融市場のパワーが、各国中央銀行によって行使されてきたような対抗力によってバランスをとられなければ、権威の並存する方向へのこの変化は実際、深刻な事態である。

権威のシフトしている非国家機関のうち、一つとして民主的に統合されているものはない。超国家的な経済外交の新しいプレーヤーである企業は、民主制ではなく、階層制である

「ピノキオ問題」
一人一人を国民国家に縛りつける糸
操り人形から本物の少年へ
導く糸はもはや存在しない
どの権威を尊重し、どの権威に挑戦し抵抗するのか、自分で決断しなければならない

冷戦の終焉とともに、そして市場経済の勝利とともに
絶対性の新たな不在が生まれた。
多面的で拡散した権威の世界にあって、私たちそれぞれがピノキオ問題を共有している。個人の良心だけが唯一の導きの糸なのである
本:『アジア三国志』
2008年 07月 04日 (金) 14:40 | 編集
アジア三国志…
訳者としては
もしかしたらとても気に入っているのかもしれないこのタイトル
読者としてはビミョーに感じる(笑
血湧き、肉踊る物語というわけでもないから…

内容としては
各国の経済、歴史問題、領土、軍などに
幅広い視点で検討されている。

気になったところ…

1820年には中国とインドだけで世界の生産の半分を占めていた

「雁行形態論」赤松要 1930年発表 1961年1962年復活

中国経済の異常
投資と貯蓄の割合が高い
経常収支の黒字がGDPの10%に達している
貿易のGDPに占める割合が65%ないし70%に達している
海外に巨額の投資を行いつつ1兆ドル以上の外貨準備がある
→それらは変化の必要の兆し:変化しなければ日本の金融バブルの二の舞

ダニエル・ベル→現在北京の中国法政大学に

中国には「民主主義」という言葉に重みが無い
胡錦涛「国民の秩序ある政治参加を拡大し、我々の民主主義を完成するべきである」
→北朝鮮も東ドイツも「民主主義」

マッキンゼー
2015中国の都市人口は二億八千万人
「ミドルクラス」は数千万人規模から数億人規模に

1980年代半ばから2000年にかけて
絶対的貧困の率が上昇しているのは
OECD加盟国の中では日本だけ
…えっ!そうだったの

2007年9月
中国で開催された女子サッカー・ワールド・カップの会場で
日本チームは、英語と中国語で「ありがとう中国」と書いた幕を掲げたが
試合中はブーイングを受けつづけていた。
政治家が何を望もうが、中国の世論は日本を敵視し、ナショナリストになっている

世界銀行は「インドは他の国と比べて、所得の不公平がすくない社会である」
としている

シン博士(首相)は、不平等が拡大しない限り、インドの現況も改善されないことを承知している

インドの貿易障壁は中国より大きく、メーカーは最安値のインプットの利用を阻まれていた

インドには法の支配という美点があるといいはやされているが、それはこの過度の規制と表裏一体であり、じつは弱みなのだ

インドで英語をしゃべれるのは9% 1億人超か
…割合で言えばたったそれだけ?、絶対数ならそんなにも!という数字

『日本 危うい超大国』(邦訳『人は城、人は石垣』)フランク・ギブニー著 1970年代
…どんな本か、ちょっと見てみたい

中国のエネルギー消費と二酸化炭素などによる汚染が増えているのは、経済が成長しているからではない。中国のエネルギー消費と温暖化ガスの排出は、GDPの伸びをしのいでいる

1984年 インド マーディヤ・プランデージュ州ボーパールで
アメリカのユニオン・カーバイドの子会社の殺虫剤工場から
有毒ガス流出事故
3800人以上が即死、その後死者2万人、後遺症12万人
(チェルノブイリを上回る惨事)

中国とインドの発展が地球の資源を使い尽くすのではないかという不安は
あっさりと斥けても平気

中国の国有企業は、欧米の企業が二の足を踏むような危険地帯での
探鉱と鉱山建設に意欲を示している
(アフガニスタンの銅鉱床 30億ドル)

アフマド・ザキ・ヤマニ(1970年代のアラビアの石油相)の言葉
「石器時代が終ったのは石がなくなったからではなかったように、
石油の時代の終わりは石油がなくならなくても訪れる」

日本の細菌兵器開発の731部隊の建物は実用一点張りの雰囲気で
「邪悪の凡庸」(ハンナ・アレントのアウシュビッツ評)を思わせる

20世紀初頭から1930年代までハルビンはユダヤ人の大規模な入植地だった

1970年代の富の移転の時は
生産国のカネが銀行に収まったままであったが
今回はすばやく投資に回されている

輸入した航空機の消耗品や部品の入手が困難になった場合を想定して
国産航空機の開発に投資
…日本のMRJにもこの動機があるのか

「人生の90%は顔見せだ」(ウッディ・アレン)

アジア三国志アジア三国志
(2008/06/06)
ビル エモット

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本:『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』
2008年 06月 22日 (日) 21:53 | 編集
「ひらめき」(blink)「直感」についてのお話。
取材はよくされていると思うけれど
研究というほどでもないのかな。。。
話のネタとしてはとてもおもしろいし
目からウロコな記述もある。
相場の格言にも使えそうな内容も多い
でもそれほど深みのある内容には至っていないと思う。


気になった部分…

薬物依存の患者に似ている。患者は自分の行動の結果をきちんと説明できるが、その通りに行動できない(前頭葉腹内側の損傷患者)

言葉での説明には限界があるので、お手本を見せてもらい、頭ではなく体で覚える。
…頭ではなく「体」が覚えるというのは不思議だが、言葉以外の情報で覚えるということかもしれない

『決断の法則:人はどのようにして意思決定するのか』(トッパン 1998)

即興芝居を可能にしているルールのうち、特に重要なのは「同意」だ
登場人物がその場で起きたことをすべて受け入れると、やりやすくなる

スポーツの世界では、分析していたら運動能力が麻痺するという。
流れが失われる
人間は洞察力や直感を飛躍的に高めることができる。人の顔を記憶に留めることができるし、なぞなぞを一瞬で解くことができる。だが、これらの能力はどれも非情にもろいもの

『チェスの盤を見てみろ。敵の動きはすべてわかる。でも勝てる保証はあるか?そんなものはない。敵の考えまではわからんのだ』

トライアングルテスト:三つのなると、最初と二番目に飲んだものの味を言葉で表現して記憶に留め、たとえ短時間でも、束の間の感覚を何か恒常的なものに置き換えないといけない。それには味覚を表す語彙の知識と理解が必要

どの国でも写真の表情が何を意味するかについての人々の意見は一致した

顔は内面の感情を表す副次的な表示板ではなく、感情のプロセスにおける対等なパートナー
…(感情が表情を作りながら作られつつある表情が感情をつくる)

命をおびやかされるような状況に直面すると、心は処理しなければならない情報の範囲を狭め、量を大量に減らす

最適な「興奮」の状態、すなわちストレスによってより適切な行動が取れるようになる範囲は、心拍数が毎分115から145のときだ(『戦争における「人殺し」の心理学』)

『狩をしている犬はノミに噛まれても止まらない』

時間がなくなると、人は極度に興奮したときと同じように行動するようになる

第1感  「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)
(2006/02/23)
M・グラッドウェル

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本:『資本主義2.0 宗教と経済が融合する時代』
2008年 06月 19日 (木) 21:16 | 編集
ブログに記録をはじめて100冊目の本はこれ。
だが
タイトルは安直だし、表紙は冴えない
もうちょっとかっこよく写真を撮ればいいのに
これでは単なる記念写真ではないか!
持って歩くのが恥ずかしいくらいだ。
内容からすれば
ニューヨーク的風景とイスラーム的風景を
融合させたような表紙にするとか…
というようなことは
さておき
内容
視点はもちろんおもしろい。
1995年という年を境に
世界がどう変わったか?
宗教と経済の関係
でもそれほど議論が深まっているわけではない。
二人がそれぞれの持論を持ち寄って
手探りで共通点を確認しあっているという程度。
でも未来へのヒントは得られているし
収穫のある対談ではある。
といっても
イスラーム金融が存在感を増して
オーソドックスな「喜捨」が
経済の中で重要になるかどうかはわからないが
もっと違う仕組みはできていくだろう。
その場合「社会企業家」が
どんな動きをしていくかがひとつの焦点になるだろう
今週のNewsweekにも<寄付>の基準で上場を決める市場が
ブラジルで作られたという記事が出ていた
EUにも追随の動きがあるようだ。

気になったところ…

1991ソ連崩壊→社会の混乱→武器市場→オウム真理教
オウム真理教の人材レベルはアルカイダとは比べものにならないくらい高かった

有り余るマネーをめぐるアメリカとアジアの対立
アジアの通貨危機を起こしてアメリカに資金を集める→アメリカ「マネー集中一括管理システム」

アメリカ 2002
債権より転換社債や公募増資(エクイティ部門)を重視
→返さなくていい資金

アメリカ:ネットバブルと「強いドル」政策
企業の競争力強化はできたがドル・ベース決算で利益が縮んだ→バブル崩壊

アメリカ 禁固200年 → 「死なないのかもしれない」という感覚

大航海時代 南米からの銀→インフレ 「16世紀の価格革命」
21世紀の「価格革命」は資産市場の膨張から

「資本主義2.0」は主権国家を解体する
「資本主義1.0」が主権国家建設のプロセス

「資本主義2.0」では銀行の信用創造を通ずることなく貨幣が作り出されるようになった
株式が貨幣 無限の貨幣

カネ余りが生じると、余ったカネを美術品や建築物に投じた

オスマン帝国、ロマノフ朝、ムガール帝国、清帝国
17C半ば:4帝国のGDPは世界の56%だった
現在の先進20カ国のGDPは当時は20.2%だった
2001年:先進20カ国+日本のGDPは51.8%
現在の旧4帝国のGDPは22.4%

1999年頃から実質GDPが増加しても、実質的な雇用者の報酬は増えなくなった

賃金の下方硬直性は消えた(2000年1月「日本の雇用システムについて」)

経済学の理論は、実はキリスト教神学の焼き直しではないのか(島田)

BRICsやNEXT11などで投資先がなくなったら、残されるのは債券利回りしかない

世界市場経済が国家の権威を追い越した今、市場経済の成長と変化に常につきものの
不平等と不安定という欠陥是正のためのパワーも意思も、国民政府が失っている
(『国家の退場』 S.ストレンジ)

アメリカの過剰債務の処理は、金融機関とヘッジファンドがあわせて1兆ドル
残りの2.8兆ドルを家計が負担する事になる

日本の社会の強みは、文化の連続性が確保されていること


資本主義2.0 宗教と経済が融合する時代資本主義2.0 宗教と経済が融合する時代
(2008/05/30)
水野 和夫島田 裕巳

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本:『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』
2008年 06月 13日 (金) 16:21 | 編集
2007年上半期「ベスト経済書1位」(週刊東洋経済)である。
大変評価の高い本ではあるが
「ベストセラー」だと思って読むとちょっと堅苦しい。。。
理論や数字が多いし
小見出しと内容が少しずれているし
本のタイトルと内容も少しずれている気がする
引用も多いが
文脈にピッタリはまる感じがしないところもある。

このタイトルなら
普通はこう見られているが
私はこう見る
何故ならこういう理由による
という展開になりそうだが
必ずしもそういう展開になっていない。

やや読みにくい本である。
というか
本としてはそれほどこなれていない気がする

でも、内容は
国民国家の資本主義的発展とその限界点を
中世のイタリアと現代の日本を比較して論じたりしていて
とても魅力的である

でも、ブローデルとウォーラースティンに偏りすぎかなぁ。。。
というか
ブローデルとウォーラースティンの歴史観に
スーザン・ストレンジの現代社会論を継ぎ足した上に
ドル/円の『通貨燃ゆ』を載せて
現状を理論的数値で表現した
という感じか。。。

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか
(2007/03)
水野 和夫

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